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2021年01月19日

『激動の1ヶ月☆前編』

1月と2月は、毎週火曜と水曜日をお休みさせていただきます。

たくさんのお客様から心配と励ましのお言葉を頂きました!お陰さまで主人はすこぶる回復し、自宅リハビリ頑張ってます。ほぼ、ほぼほぼ普通の生活もでき、2月から仕事に少しずつ復帰予定です!

今日はプライベートなブログです。かなり長くなりますが・・・お時間があれば、お付き合いください。

私にとって本当に大切な人、主人との12月から今日までの激動の1ヶ月のことを、綴っておきたいと思います。



主人が緊急入院から手術になった、あの衝撃の日から1ヶ月になります。 http://lalasweets2004.gunmablog.net/e412657.html

あの日のブログでは腰痛と記載しましたが、
『激動の1ヶ月☆前編』
12月初めに主人の誕生日。


実は12月の初めに脊髄に腫瘍が見つかりまして、高崎総合病院から県内での摘出は難しいとのことで東京の大学病院を紹介され、12月17日に緊急手術となり神経鞘腫という良性の腫瘍を摘出しました。

12月の初め、主人の長年の腰痛に加え春先からの足のしびれの原因がやっとわかった訳です。

もう何年も整形外科にかかっていたのに腰の痛みの原因がわからず、痛みはどんどんひどくなり、痛み止めばかりを出されていました。春先から足先にしびれが出て『薬のせいか?ヘルニアか?糖尿病か?』主人が当時のお医者様に聞いても原因はハッキリせず、検査も進まず私は不安はつのるばかりで、主人に病院を変えてもらったのです。新しい整形外科になってからは血液検査と薬での効果を確認を何回か重ね診断はどんどん進み、すぐに神経外科に紹介状が出ました。神経外科でも脳神経には問題なしとのことで、MRIのある高崎総合病院への紹介状となったのが10月のことです。

高崎総合の神経外科に予約が11月にとれ、やっとMRIにたどり着き腫瘍が見つかったのが12月1日、整形外科の先生に担当が代わり脊髄の腫瘍についての説明を受けたのが12月2日水曜日のことでした。

『群馬では摘出は難しい』と言われた時に初めて、病状の重大さに気づいたわけです。

主人と一緒に説明を受け必死でメモをとろうとしたけど手が震えて書けない私に、先生が病名やMRIの画像を印刷してくださいました。紹介状をお願いして、すぐに東京の大学病院に予約を翌週9日水曜日入れました。

大学病院はとても大きく、迷子になりそうなくらいでした。

整形外科は白で統一されてとても広くて、診察室の扉がいっぱいでスターツアーズの並んで待ってるところみたいなちょっと異次元な感じでした。

診察室の前で待っていると看護士さんから『MRIを拝見し、予定の先生より上の先生が診てくださることになりました』との説明を受け、病状が本当に思わしくないことを痛感したのです。

そこで出会えた先生は、30代後半の若い先生。あとで知ったのですが、有名な素晴らしい名医だということ。

先生からは神経鞘腫(良性)の可能性が高いと思われるが、馬尾神経に腫瘍が絡んでいるように見え、髄膜の中まで腫瘍があることから難しい手術になるということ、背中を開けて手術をしないと良性か悪性かもきちんとした判断ができないとの丁寧な説明を受け、摘出手術以外の選択はないこともわかりました。

私達夫婦がケーキ屋を営んでいること、クリスマスの予約がすでにいっぱいなことをお話して、1月に再度MRIを取り手術へ向けた準備をすることになりました。ただその時先生が『でも~その時期までもつかなぁ。』と小さく呟いたのが耳に残りました。

その時は主人はとても元気でしたし、足先はしびれるけど仕事ができない状態では全くなかったのでさほど心配もせず群馬に帰宅しました。

これが12月9日水曜日のこと。原因がはっきりしたことで、これからのお店を1月~3月どうするか毎日話合っていました。

私はその日から、主人の病状について毎晩毎晩調べました。調べる程怖くなり、怖くて怖くて眠れない夜が続きました。麻痺が残るかもしれない歩けなくなるかもしれない、神経の越えてはいけない領域に入る難しい手術になりますという先生の言葉が頭の中をぐるぐる回りました。排尿障害が大きなポイント、おしっこが出なくなったら緊急手術。

まだ1週間しかたってないなのに、翌週火曜日15日に主人に異変が起こりました。腰の痛みがひどくまったく立てなくなりました。痛み止めも効かなくて、高崎総合に相談しましたが主治医が東京の病院に移っているので痛み止めの注射など処置はできないということ、救急車で運ばれても高崎総合に脊椎の先生がいないこと、手術をされてしまったら群馬では難しいのにもう終わりだ!!痛くてもがいてる主人の隣で、私は初めて群馬にいてはどうにもならないことを知ったのです。

翌朝16日、電話で東京の大学病院に主治医が出勤していることを確認し、MRIと造影剤だけとにかく撮って欲しいとお願いして、主人を車に乗せて東京に向かいました。

主治医の先生からすぐに手術を勧められましたが、主人は痛みの中うわ言のように『クリスマスの仕事の引き継ぎをしたい、1日だけ群馬に帰ってきたい』と何度もいうので、MRI、血液検査 、尿検査、心電図、やれるすべての検査をして金曜日に入院で話が進みました。でも色んな検査を進めていくうちに最後に尿検査で、排尿障害が進んでいることが判明しました。

『もう、帰せないですよ』主治医の先生の言葉は重く、主人の1日だけでも帰りたい気持ちは痛い程わかるけど、もうだめだ~私も主人を説得し、緊急入院そして翌日手術と話が決まりました。入院が決まったからといっても、主人の痛みは増すばかりでもう痛み止めも効かず見ていられない程でした。

私は入院の手続きに大きな病院内を走り回りました。

主治医の先生から丁寧な手術の説明を受け、起こりうる後遺症や手術中の緊急時のこと、聞いてるだけで汗と涙が止まらなくなりましたが、この先生がチームを組んで手術してくださるのだから、大丈夫だとそう強く信じ翌日の手術を迎えたのです。

コロナのこともあるので、手術前の面会はできず見送りだけしました。手術には長男も立ち会ってくれました。5時間がとても長く感じられました。

先生が『無事に手術は成功しましたよ、腫瘍も良性で、思っていたより絡んでなくてスルッととれました。後遺症も大丈夫だと思いますが、リハビリ次第ですね』というお話に、本当に先生に飛び付きたい!握手したい!くらいの気持ちになりましたが、ソーシャルディスタンス。

手術のあと麻酔が覚めるのを待ち、主人と5分ずつの面会を許されましたが。身体中に線が何本も繋がっていて、びっくりしちゃって私ったら気の効いた言葉もでないし、主人も麻酔のせいで、いつものようにはまったく会話が弾みませんでした。このあと退院まで会えないのに、数分で退散しました。交代で面会した長男はもっと早く帰ってきました。

緊急入院だったので、個室で高額な部屋しか空いてなくてコロナで退院まで部屋を途中で変えられないと看護士さんから説明を受けてました、緊急だし嫌だと言っても主人を廊下に置いておくわけにもいかないし・・・個室でサインしたわけですが。手術も成功したし2日は集中治療室にいると知り、これは病室の空き状況も変わるんじゃないかと思い恥はかき捨て駄目でもともと

『手術成功した今お願いするのもなんですが、どうか個室ではなく、大部屋をお願いしたいです!』そう看護士さんに言い残し、大学病院をあとにしました。

長い長い2日間を経て、我が家に帰宅したわけです。

しかし本当の苦労はここから始まりました。クリスマスから年末までスタッフ総動員と免許取得で帰省していた長男も加わり、朝から夜中まで本当にみんなに助けられて乗り越えた次第です。バイトちゃん達も文句も言わず、本当によく頑張ってくれて。何より長く勤めてくれてるスタッフが覚醒し、やればできる子にどんどん成長していきました。長男も店のスタッフに声をかけて、和やかに士気を高めてくれました。

店は必死。

本当にこの二文字に尽きる、今日まででした。

主人は手術の翌日から、術後の痛みと店への心の葛藤と苦しいリハビリにひとり立ち向かっていったようです。続きはまた後編で。


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